もん7歳ポコ5歳 天草表彰式の旅(後編) で のぼる階段
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2023年8月、もんちゃん7歳、ポコちゃんが5歳の年に描いた絵が「天草市立白亜紀資料館」主催の第25回恐竜絵画コンテスト で、もんちゃんの描いたのアンモナイトの絵が小学生低学年の部で金賞を、ポコちゃんの描いたケントロサウルスの絵が幼児の部において銀賞に選ばれました。
2021年に続き2回目の天草訪問チャンス!姉弟同時受賞なので、これは行くしかない!2年前の天草往復で寄れなかったところを巡るため、今回も遠路はるばる車で行くことにしました。
こちらは表彰式の前、後半のお話です。前半のお話はこちらからどうぞ。
帰りの行程
4日目:表彰式→熊本空港付近泊
6日目:広島平和公園・万九千神社→出雲泊
8日目:京都水族館・あんかけスパ→帰宅
5日目:高千穂神社・天岩戸神社・宇佐神宮→小倉泊
7日目:出雲大社・須佐神社→京都泊
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熊本県天草本渡の天草文化交流館で2023年8月に開催された御所浦島・白亜紀資料館主催『第25回恐竜絵画コンテスト表彰式』に参加しました。 7泊8日、車の旅の復路の記録。上記旅行記プログラムの内容を詳しく書き綴っていきますので、どうぞお付き合いください。
4日目(復路) 1377km 天草文化交流館 ~ 1481km 熊本 大津町泊
本渡からR324で上島北岸を北東に進み、上津浦ICから松島有明道路に乗り合津ICで降ります。天草五橋を5号橋~2号橋まで渡りR266天草パールラインで大矢野島を抜けます。三角大矢野道路で天草五橋の1号橋『天門橋』を渡ると九州に上陸です。R57で宇土半島の北岸を北西に進み、途中熊本ラーメン桂花で夕食を食べます。アタックス龍田店で買い物をしてエアポートホテル熊本にチェックイン、という流れになっています。
前半のラストシーン 天草文化交流館
天草文化交流館で表彰式を終えた後、ギャラリー四季に移動してみんなの作品を見たよ。
駐車場に戻る途中、審査員の先生に会ったんだ。これまでの作品を見てもらったよ。
来年、新しくなった恐竜の島博物館で待ってるって。行くよって約束したんだ!
ギャラリー四季から駐車場へ戻り、本渡を出発します。この時だいたい15:30くらいですね。本日の宿は熊本市内を抜けて熊本空港の北にあるエアポートホテル熊本です、それでは出発!
4日目の宿泊地 熊本空港付近
4日目の宿はエアポートホテル熊本だよ。
途中、熊本ラーメン桂花で夕食を食べたんだ。
本渡から104km移動、ここまで1481km
R324で上島の北岸を東に進み、途中の上津浦ICから松島道路に乗り終点合津ICまで快適に進みます。ETCは使えませんがETCXは使えます。R266で天草五橋の5号橋『松島橋』を渡ると、右手に天草入り口のシンボル、シードーナツがあります。二年前に行ってますから、もんポコも「これで天草はバイバイだね」って感じてるみたいです。4号橋『前島橋』、3号橋『中の橋』、2号橋『大矢野橋』と渡ると上天草市の大矢野島に入ります。
上天草市内はメインの道路がR266だけなので多少混む感じもあるのでトイレや飲み物の準備は早めにしておくのが安心です。三角大矢野道路に乗ると天草五橋最後の1号橋『天門橋』を渡ります、さらば天草!この景色、きっとまた見に来ると心の中で誓いつつ、宇土半島に上陸です。R57で半島北岸を熊本市内に向け走ります。
宇土半島の北岸は有明海の干潟が広がる非常に珍しい景色を見られるドライブコースです。長部田海床路を筆頭に信じられないくらいの浅い海が広がっていました。そしてこれもいつでも見られるわけではないみたいですね、ここを通過したのが夕方の4時半くらいでしょうか、ちょうど干潮のタイミングだったらしいです。あまりの壮大な景色に助手席の奥さんにカメラを渡したのはホント正解でした。
熊本市内に入り、折角なので熊本城を眺めつつ宿に向かいます。途中、熊本ラーメン桂花で夕食を食べました。三宮神社前店に寄りましたが、現在は違う店(ラーメン将臣)の様です。ここは元々味千拉麺(~2019)→拉麺劉(2019~2022.5)→桂花(2022.10~2024.6)、という変遷をストリートビューで確認できます。なぜこんなに入れ替わるのか、たぶん立地が少し不利なのかなって気がします、旧57号線沿いなので。
わずかに戻ってアタックスというスーパーに寄り、いろいろ買いこみました。もんポコの晴れ衣装を見たレジのおばちゃんからお菓子を貰いました、こういう触れ合いは嬉しい。
R325を北上したら本日の宿エアポートホテル熊本に到着です。とても広々としたロビーで、チェックインは端末にて行います。最近増えましたよね、外国人相手にも楽なんでしょう。でも会話の機会が減ってしまうのがちょっと寂しいのも事実。静岡県民が車で来てるの?何しに??は定番の導入なので。
部屋に入ると、ゆとりのある広さが嬉しい。ベッドの足元方向は1m弱の通路が入口の扉から繋がり、ベッド横方向の窓との間にはイスと小さな丸テーブル、通路の突き当りにデスクがあります。また、浴室の洗面台が左側面全体なので広くてありがたい。エアポート系のホテルは広いところが多いですね、ホテル選びの一つの基準になりつつあります。 お菓子やお酒でもう一度お祝いをして、気持ちよくお休みしました。
5日目 1481km ~ 1544km 高千穂 ~ 1555km 天岩戸 ~ 1756km 宇佐神宮 ~1839km 小倉泊
R57~新阿蘇大橋~R325で阿蘇山の南側を抜け高千穂へ。高千穂神社と高千穂峡を見たらヒムカ神話街道を上がって天岩戸西本宮と天安河原へ。E77九州中央自動車道高千穂日之影道路を通り道の駅 北方よっちみろ屋でランチを食べ、蔵田ICで再度E77九州中央道の北方延岡道路に乗り、延岡JctでE10東九州自動車道に乗り換え北上、院内ICで降り宇佐神宮へ。宇佐IC~E10~小倉東~足立北出口で降りアートホテル小倉ニュータガワに泊まるという流れです。
高千穂神社 宮崎県 高千穂町
高千穂神社に来たよ、神話の舞台の総本山、天孫降臨の舞台!
高千穂神楽でも有名だけど、瓊瓊杵尊より結構前の話なんだね。
程よい広さに重厚感あふれる本殿、整然とした小奇麗な神社だよ。
エアポートホテル熊本を出て、愛車JA07スーパーカブ110の故郷ホンダ熊本工場を左手に見ながら東へ進み、阿蘇山の南側R325を進みます。2016年の熊本地震での崩落から復活した新阿蘇大橋を渡り寧静ループ橋を経て宮崎県に入ると、道沿いに天鈿女命と天手力男神が歓迎してくれます。しばらく進み高千穂町中心エリアに入ると高千穂神社はすぐそこです。
駐車場に車を停め、道の向こうを見ると鈿女様が手を挙げて迎えてくれました。『高千穂宮』と書かれた扁額を掲げた鳥居はブロックを模した装飾が珍しいなと思いつつ一礼をしてこれをくぐり、手水を済ませます。階段を上ると拝殿が見えてきました。その前には茅の輪があります、常設されてるのでしょうか。早い時間に来ているので他の参拝客を気にせずに八の字に回れるのはとても嬉しい。
境内は程よい広さで、見どころもたくさんあります。本殿も重厚感が凄い!また、由緒書きの看板には『当宮は初め高智保皇神(たかちほすめかみ)と申し上げて この地に宮居をさだめられた天孫瓊瓊杵尊 木花開耶姫以下三代の神々をお祀りし 千百余年前の仁明、清和両朝には日向国最高の御神階が授けられたことが六国史に記されております。』に続き長々と書かれていました。高千穂のエリアは瓊瓊杵尊が幅を利かせているので、仕上がっちゃってる感が…、いや気になるところです。
素戔嗚の誓約と天岩戸伝説の後に国盗り元い国譲りのバタバタがあって全て片付いてようやく天孫降臨の流れですから、古代史ファンとしては終盤の話なのが美味しいところをすっ飛ばしている感じがしてロマンが足りないと感じてしまいます。が、荒立神社の猿田彦・天鈿女命夫妻や木花咲夜比売の炎の出産という無視できない考察案件がありますから、ある程度解釈したのちにまた見てみたいですね、もんポコと神楽を楽しめたら最高です。
高千穂峡 宮崎県 高千穂町
高千穂観光の目玉の一つ、高千穂峡に来たよ。
車を停めたら遊歩道を川沿いに歩いたんだ、ステキな景色!
川沿いの柱状節理や玉垂の滝に真名井の滝、見どころいっぱい。
ちょっと距離はあるけど、絶対歩いた方が楽しいよ!
高千穂神社を後にし、少し車をクネクネと走らせて大橋第三駐車場に車を停めます。この脇に渓谷入り口の遊歩道があるので、いざ突入!ってする前に看板を見て全体像を把握しておきます。ここからいわゆるボート乗り場までは1km、神橋まで257段の階段を下りるっぽいです。神橋って最序盤なのにそんなに下るの?帰りのことは考えないことにしました。
神橋の次に槍飛橋→鬼の力石→滝展望台→おのころ池→さこん太郎→水車→真名井の滝・御橋・観光協会売店という感じで進めるみたいですね。基本的には川沿いを進む感じなのですが、この川が幅こそ狭いですが水面まで数メートル程の高低差があり、柱状節理が見事に調和して幻想的な景色を作り出しています。これを自然が作ったって考えるよりは神様がこしらえたと考える方がシックリくるのも事実。
遊歩道はところどころ閉鎖されており、車道を歩く必要もありました。鬼八の力石~滝見台への遊歩道は閉鎖されていたので車道を歩いていると、左手に玉垂の滝が現れます。白糸の滝的な、壁一面に水が流れるタイプの滝です、ザ・幽玄。なんか癒されます。そこから池のほとりの水車小屋へ進み、おのころ池にかかる橋を渡って御橋までいくと、真名井の滝を横から眺めることができました。いわゆる高千穂峡の景色、ここまで来れたこの幸せ。単純に嬉しい!
なお、おのころ池やその中央の「鵜の子の島」は、イザナギ・イザナミの国生みから名前を取ったものらしく、昭和の観光地開発の賜物です。なので、深読みは必要なさそうです。ザックリ言うと、①イザナギイザナミの国生み神生み→②黄泉平坂~日向阿波岐原の禊・三貴子御生→③素戔嗚の誓約~岩戸隠れ→④天岩戸伝説~天照復活→⑤大穴牟遅神関連~大国主神へ→⑥天穂日・天若日子の失敗→⑦国譲り→⑧天孫降臨・木花咲夜比売→⑨神武東征、という流れですから、高千穂でアツいのはやはり天岩戸関連に尽きますね。
イザナギが禊をしたのもこの近く?と思い調べてみたら『筑紫の日向の橘の小門の粟岐原』とは同じ宮崎県でも阿波岐原町、シーガイアのある沿岸部なので相当離れていますね。この辺りも謎が多いのでジックリ調べたいです。
さて、真名井の滝付近にはお店も色々とあり、お土産を選んだり休憩したりと楽しい時間を過ごしました。この辺りまで車でも来れますが、駐車場待ちの車が目立ってました。渓谷の景色を楽しめる遊歩道散策コースで正解でしたね。
1km下って来たので、1km登って戻らないといけませんが、気持ちの良い道なので頑張りましょう。タクシーもいるので、最悪それを使う手もあります。同じ道を帰るのは新しい発見がないと思われがちですが、別の視点で見れるという利点もありますね。こっちから見るとこうなんだ、という発見があると楽しいです。そんなわけで駐車場に到着、イイ感じに疲れました!
天岩戸神社西本宮 宮崎県 高千穂町
日本神話の最重要地点、天岩戸に来たよ。
陽が沈み、陽がまた昇った伝説の地、その舞台にやってきた!
神職に案内され天岩戸を見たよ、震えるほど厳かなところだった。
神話が、歴史が、この国の始まりがここに。凄いところに来たんだね!
高千穂峡から車で10kmほど走ると天岩戸神社西本宮に着きます。天岩戸神社はコチラの西本宮と、川を渡った東本宮の二つで構成されていますが、まずは西本宮から参拝するのがセオリーです。間違えて東本宮に車を停めると、「こっちは東本宮だけど承知してる?」って駐車場係員が確認に来ます。歩いて行けなくはないですが、思った以上に歩くことになるのでご注意を。
駐車場には天手力男神が、鳥居の麓には天照大神の像があります、神話の舞台の入り口として申し分ないですね。参道を進み、二つ目の鳥居の手前、社務所の向かいの休憩所で11:30を待ちます。「天岩戸ご案内」という拝殿裏の天岩戸遥拝所から天岩戸の洞窟を見られる神職の案内が30分ごとに行われるので、この休憩所が集合場所なんです。天岩戸をこの目で見られる機会です、参加しないなんて選択肢はありません!
神職に案内され、神門をくぐり拝殿右の通路から遥拝所へ進みます。当然撮影禁止なので、シッカリと目に焼き付けておきます。ここに籠った…、とすると、相当な覚悟があったのではと思われます。寂寥感(せきりょうかん)を具現化した景色、そんな印象でした。これは自分の目で見るべきですね。もんポコはこれを見てどう感じただろうか?大きくなってから是非もう一度見に来たいと思いました。
遥拝所を抜け拝殿の左側から戻ってきました。天岩戸の洞窟は思った以上に下にあり、植物も鬱蒼と茂っている川辺にあったのが気になったので神職の方に聞いてみました、天鈿女命が踊ったのはこの辺りなのですかと。具体的に特定するような回答は得られませんでしたが、ここより奥に岩戸神楽発祥の地があり、神楽を舞った尾根とも書かれているので、傾斜地のどこかで賑やかにしていれば岩戸からも見えるのかな?という解釈をしておきます。
拝殿の左には天安河原遥拝所として神楽殿があり、この神社の参道をまっすぐ進むと天安河原に続きます。なお、この西本宮の御祭神は天照皇大神(あまてらすすめおおかみ:別の御神名 大日孁尊(オオヒルメノミコト))で、天手力男神・天鈿女命外五柱が合祀されています。外五柱は言わずもがな、思金神・石凝姥命・玉祖命・天児屋命・布刀玉命の岩戸伝説メインキャストですね。
天安河原 宮崎県 高千穂町
天岩戸神社西本宮のさらに奥、気になる道があったんだ。
天安河原って書いてある、岩戸伝説の神々が集まって相談した河原だね。
あちこちに積まれた石、ぽっかり空いた洞窟の様な広場。ここで…
止まった時間がここから動き出す、神々の英知を集めて!
天岩戸伝説の最重要地点、天安河原の入り口は天岩戸神社西本宮の参道を抜けた先にありました。参道が折れ曲がっているわけではありませんが、90度曲がる拝殿の配置も封じ込めのアレかななんて思いつつ、参道を出て数軒のお土産店などを右手に見つつ、天安河原入り口から遊歩道に入ります。少しだけ雨がパラついてきましたが、森の中の道なのでそのまま進みます。
岩戸川沿いを上流に向け歩きます。ここを下れば天岩戸の洞窟がある、って考えると物凄い聖域感がありますね。階段を下りたり曲がったり支流の橋を渡ったりしながら進むと川岸の柱状節理がまた一層雰囲気を厳かにしています。この辺りから道の脇には積まれた石があちこちに見えてきます。道を進み左に曲がると見えてきました、ぽっかりと空いた空洞が。
長~い注連縄が渡されたその空間、仰慕ヶ窟(ぎょうぼがいわや)と言うそうです。鳥居の向こう突き当りには小さな社がありました。そして積み重ねられた石が所狭しと並び異様な光景を作り出しています。真夏なのに少し寒気を感じました。 この積み石はここを訪れた旅人が願いを込めて積み上げたものなんだとか。雰囲気とはバッチリ合っていますが、神話との関連は無さそうなので深く考えずに過去の旅人の粋な演出として眺めておけば十分ですね。
来た道を戻り、遊歩道入り口のお土産屋で休憩です。甘いもので疲れを回復しました。こういうところで食べると一味違いますね、出されたお水も特別な感じがします。
さて、天岩戸伝説ですが踊り子の天鈿女命と岩の扉を投げた天手力男神がツートップですがこれは知名度や人気のツートップ、リーダーは思金神です。高皇産霊神の直系の子孫で瓊瓊杵尊の叔父に当たる非主流?のバリバリエリートです。
その他、八咫鏡の石凝姥命、八尺瓊勾玉の玉祖命、祝詞を奏上した天児屋命、注連縄の布刀玉命、を合わせて七柱の神がメインに集まり会議を開き、天照奪還作戦を実行します。宴を開き天鈿女命が踊り、賑やかさが気になって出て来た天照に『凄い神様が来たから』と告げ、八尺瓊勾玉で飾ったダミーが重なるように八咫鏡を天照の前に置くと、鏡に映った自身を別の神と勘違いし一瞬ひるむ天照。
そこをすかさず岩扉を掴み放り投げる天手力男神、再度戻らぬように注連縄を掛ける布刀玉命、祝詞を奏上する天児屋命。こうして天照様は再び地上に戻られた、という話です。思金神以外の六柱の神はすべて有名な神の系譜にないのも気になりますが、藤原氏や忌部氏などの氏族の祖先という立ち位置です。
西本宮まで戻り、参道のお土産屋さんでお土産を買い込みました。ヒムカ出版の『古事記すごろく』をここで入手、いまだに家族みんなで遊んでいます。神社参拝や神話解釈のベースにものすごく役に立っています、忘れかけていたことを思い出すキッカケにもいいんですよね。良いものをゲットしました、なかなかこれだけ長持ちするお土産も珍しいですからね。
宇佐神宮 大分県 宇佐市
宇佐神宮に着いたよ、全国の八幡神社の総本宮。
でも拝殿は第二祭神の比売大神が中央に陣取り最も立派なのはなぜ?
名前を明かせない姫とは?古墳の上に建ってる?謎多き宇佐神宮をこの目で見るぞ!
でも西大門や拝殿は工事中でよく見えなかったのが残念だよ。
天岩戸西本宮を出るときは結構な雨になっていました。行ければ東本宮にも行きたかったところですが、断念です。でもきっとまた来るチャンスはある、そう信じて後にしました。このとき台風が来ていて、ちょうど鬼ごっこ状態で一足先に逃げる格好です。E77九州中央自動車道で延岡方面に向かい、途中『道の駅 北方よっちみろ屋』でランチ休憩です。そこで食べた宮崎地鶏の炭火焼きが美味しくて、ママはお替りして二皿食べてました。
延岡Jctを北上し、途中佐伯弥生PAに寄りつつ院内ICで降り、宇佐神宮に到着しました。16:15頃の到着です。参道商店街のある方の駐車場に停めました。北参道の鳥居をくぐり、機関車クラウス号を左手に見つつ右に曲がり太鼓橋を渡ります。大鳥居をくぐり、手水を済ませさらに進むと三の鳥居があり、これを上がると上宮本殿に至ります。その手前を右に曲がると呉橋があります、これは天皇しか渡れない屋根付きの橋ですね。
三の鳥居をくぐると階段を上がります。この小さな山は古墳なのではとも言われており、卑弥呼様の墓説もあるようです。ここの祭神は八幡大神、比売大神、神功皇后ですが、比売大神という名を明かせない女神、どうしても気になりますね。しかも、第二祭神なのに中央の一番立派な拝殿というのも気になります。なお、この神社は2礼4拍手1礼が作法です。4拍手の神社は出雲大社に彌彦神社くらいだそうです。
西大門と拝殿は改修中だったので、本殿の屋根とかも見たかったんですが見られず、残念。また、拝殿の反対側には大元神社遥拝所があります、宇佐神宮の奥宮の遥拝所ですね。帰りは下宮周りが一般的ですが、御霊水を見ておきたかったのでそちらへアクセスできる細い道を下りました。菱形池沿いに奥へ進むと御霊水と言われる三つの霊泉があります、八幡大神御顕現の地だそうです。この地面に開いた3つの井戸の水は持ち帰ることは可能ですが、飲用には不適とのこと。
駐車場に戻る途中で小さなヘビを見ました。なんとなく縁起が良さそうな気持ちになりつつ、この神社を後にします。宇佐神宮、かなり広い神社ですし、高低差も結構あります。今回見れなかった呉橋や一柱騰宮はきっとまた見に来れる機会があるでしょう、夏祭りのときにでも。その願いが叶いママの旧友と数年ぶりの再会を果たせることを、この時のもんポコたちに知る由は無かった…ということは、すごい御利益があったってことなのかな?
5日目の宿泊地 福岡県 小倉市
5日目の宿はアートホテル小倉ニュータガワだよ、中庭のある素敵なホテル。
夕食は小倉の街の居酒屋で鶏料理をたべたよ、九州の鶏は激ウマで大好き!
本日は358km移動、ここまで1839km
宇佐神宮を17:30くらいに出発すると、宇佐ICから東九州自動車道に乗り小倉東~足立北出口で降りて給油をしてからアートホテル小倉ニュータガワの駐車場に車を停めたのが19時頃、1時間半の移動でした。このホテル、結婚式需要とかが高そうな広々とした立派なホテルです、入口もロビーも広い!
チェックインを済ませ、部屋へ移動する前にアメニティコーナーに寄ります。お茶やコーヒーがあるのは普通ですがコンソメスープがあって喜ぶもんポコ。部屋に着くと内装はコッテリしたヨーロピアンクラシック調で、いかにもこのホテルらしい仕上がりです。窓から中庭も見えます、普通のホテルとは一味違いますね、いい夢が見れそうです。
夕食を食べに小倉の街へ繰り出します。モノレールが通る道沿いの『魚と鳥の店ととんち』に入りました。19:50頃の入店で突き当りのカウンターに通されましたが、すぐに座敷のテーブル席に移してくれました。メニューを見ると大当たりの雰囲気です。白レバー、博多地鶏炭火焼き、鶏たたき、とりわさ、手羽先などなど、トロ旨でみんな大満足!ビールが進む、旨い!
いろんなところに行っていろんな美味しいものを食べて覚える、これも立派な地理の勉強です。あれを食べたいならどこに行くか?これは貴重な知識ですね。
さて、大満足でお店を出てホテルに戻ります。クラシックなふかふかベッドで思い出す今日一日の出来事、とても贅沢なひとときです。ではおやすみなさい…
6日目 1839km ~ 2052km 平和記念公園 ~ 2217km 万九千社 ~ 2221km 出雲泊
富野ICから北九州高速4号に乗り門司でE2A関門自動車道に乗り換え、関門橋を渡りE2A中国道を山口Jctまで走ったらE2山陽道に乗り換え廿日市ICで降ります。そのままR2バイパスを抜けて広島市内へ。相生橋の袂の駐車場に停めて平和記念公園へ。 広島ICからE2山陽道に乗り広島JctでE74広島自動車道を北上し広島北JctでE2A中国道に乗り換えます。三次東JctでE54松江自動車道に乗り換えて北上し、三刀屋木次(みとやきすき)ICで降り斐伊川(ひいかわ)沿いを北上、万九千社へ。出雲駅前のホテルに宿泊、という流れです。
原爆ドーム 広島県 広島市
平和記念公園にきました。見えたよ、原爆ドーム…
希望と未来と欲と差別が混ざってバグった結果がこれだってパパが言ってた。
でも核爆弾でも吹き飛ばせないものが広島に、日本にはあるって証拠なんだって。
目を背けずに、恥じずに生きるには?難しい課題を出されたよ…
小倉の宿を出て富野ICから北九州高速4号に乗り関門橋を渡ると久しぶりの大倭豊秋津島、現代風に言えば本州です。山口JctでE2山陽道に乗り換えて廿日市ICで降り、R2バイパスで平和記念公園へ向かいます。目標は相生橋、奇しくも原爆投下の目標地点と同じですが、こちらは極めて平和利用の目標です。もう二度とあんなことはさせません!付近のコインパーキングに車を停め、まずは深呼吸をしてからこの歴史的な偉大なる空間に足を踏み出しました。
R183の横断歩道で信号待ちをしていると、外国人観光客の多さが印象的でした。街路樹で隠れていた灰色の重厚な建造物が、横断歩道を渡るとその姿を現してきました。灰色のコンクリート、赤茶けたレンガ、骨組みだけのドーム屋根。時が止まり、千切られ捨てられた写真のようなその姿。あのバカげた1945年の出来事を、文字や写真に頼らず『ここに在る』ことで後世に伝えている。よく見ると細部の装飾も美しく、人類の貴重な証拠として『これを永久に保存する』以外の選択肢は有り得ませんね。
そして奇しくも我々は小倉から来ていますが、1945年8月6日のターゲットは広島→小倉→長崎で、天気が良く目視による投下が可能な広島が狙われてしまいました。また、8/9も目標は小倉でしたが、煙や雲による目視投下不可との判断から長崎が狙われたとのことです。広島の相生橋がターゲットになったのは、特徴的なT字型の橋が上空からの目視に有利だったからみたいです。なんかやりきれないですね。
原爆投下も結局はサンクコストをケチったせいで日本がとばっりちを受けたという、文字通り死ぬほど迷惑な話なんです。サンクコストとは要するに「これまでに掛けた金と労力がもったいない」という、損切りできない貧乏性もしくは周りからの声を恐れて自滅するパターンです。20億ドル(当時)以上をドブに捨てた指導者、って言われるのが嫌だったのかな?「この平和にはそれ以上の価値がる」って言えるチャンスだったのに。
ナチスが原爆を開発してるから、先に開発して世界を救おうとしたのは我らがアインシュタイン先輩の手紙がキッカケ。米ルーズベルト大統領にシラードの手紙を送り、オッペンハイマーらが開発に着手することに。これがマンハッタン計画です、開けてはいけない扉の先にある進んではいけない道に足を踏み出した瞬間です。
1945年3月、ナチスが原爆を開発してないと分かるとシラードら科学者はフランクレポートなどの提出で核使用や核開発中止を訴えるも、これを拒んだのは政治家たち。同年5月にナチスが降伏してもなお、『ならソビエトに使おう』と核開発を止めなかったのは次の大統領トルーマン。科学者の頭脳や功績を使うなら、その訴えも使わないのは不公平、ダブルスタンダードだ!声を聴かないなら頭も技術も使うべきではない。政治家どもよ、なぜそんな簡単なことが分からんのか!
国際法違反もお構いなくトリニティ実験から一月も経たずに都市に原子爆弾は落とされた。無人島に落とす案や警告を出してから落とす案もあったらしいが、一番酷い選択肢を悉く選んだ結果が今目の前にあるガレキに囲まれた原爆ドーム。アインシュタインはこれを嘆き非核を訴え、「我々は戦いには勝利したが、平和まで勝ち取ったわけではない」と言ってくれたのが、せめてもの救いか…。正しく届け、科学者の声!欲のフィルターを取れば、みんなワクワクする話しかしてないぞ!
5-days 子供文化科学館 広島県 広島市
5-days子供文化科学館に着いたよ、原爆ドームと広島城の間くらい。
そんなに広くはないけど、所狭しと科学装置がズラリと並んでいるよ。
触って楽しめるものばかりのここは入館料無料、嬉しいな。
平和記念公園を後にして近場で昼食を食べました。この辺りはお店も多くランチ難民になることはないでしょう、広島ならではのものをお手軽に食べたい~などのワガママを言わなければ。さて、広島ゲートパークの地面から出るミストでちょっぴり遊んだらちょっと北に進んだところにありました、5-daysこども文化科学館。元々は広島市こども文化科学館で、ネーミングライツで現在のちょっと気になる名前になっているようです。
地下一階、地上4階のこの施設は駅前立地の多階層中規模科学館で、フロアの広さは静岡の科学館るくると同じくらいに感じました。開館が昭和55年と歴史があり、その分天井がやや低めだったり階段に昭和感を感じられたりしますが、定番で安心の触って楽しめる科学装置が高密度に配置されていて流石こども科学館、ワクワクを抱えた子供たちもたくさんいました。
鉄道模型の巨大なジオラマにポコちゃんのテンションは爆上がりです!男の子ホイホイ、魔性の装置。ボールを転がす巨大コースターは子供ホイホイですね、そんなに位置エネルギーを運動エネルギーに変えたいのかい。運動系、電気系、光系と科学館の基本のキを押さえているこの施設、これだけ楽しめるのに無料なのがスゴイ!時間が足りないよ。
4階のプラネタリウムは有料ですが、まぁプラネタリウムは焼津か函南で大丈夫なので、よっぽどの目玉がない限りはあまり寄ることはないですね。1階にはミュージアムショップもあり、科学系の楽しいアイテムを選べる貴重な機会だったりします。ここで買った知恵の輪セットは年々早く解けるようになっています。指先からスパークするヒラメキで空間認識能力を鍛えています!
万九千社 島根県 斐川町
万九千社についたよ。「まくせのやしろ」って読むんだよ、まくせってなんだろ?
神在月の終わりを司る神社で、総会後の打ち上げ会場的なところなんだって。
旧暦10/26に神等去出神事が行われ、直会の後に帰路につくという、超重要な神社だよ!
広島城を横目に見つつ、広島ICからE2山陽道、広島JctでE74広島自動車道を北上し広島北JctでE2A中国道に乗り換えます。三次東JctでE54松江自動車道に乗り換えて北上し、三刀屋木次(みとやきすき)ICで降り斐伊川(ひいかわ)沿いを北上し、斐伊川を渡ると万九千社・立虫神社がありました。バスも止められる広い駐車場のある神社ですが、境内はそんなに広くはありません。車から降りると神等去出広場がありました。
神等去出広場と書かれた石碑の裏には齋:櫛御氣奴命(クシミケヌ)・大穴牟遅命(オオナムチ)・八百万神・少彦名命(スクナヒコナ)と書かれていました。また側面には「神社の景色と境内地がこれ以上失われないように」とも書いてありました。八岐大蛇の化身、斐伊川が氾濫しては直して、の繰り返しで崩壊し再建されなかった神社も多かったのではと思われます。阿波の吉野川周りもそうですよね、都合よくまとめないでほしいです。重機という現代の天之羽々斬を手に、オロチからの被害を抑えるのは我々の役目ですよ。
鳥居の右には万九千社と、左には立虫神社と大きく書かれた石柱が立派です。万九千社の由緒書きの石碑には先ほど挙がった櫛御氣奴命をはじめとする4柱?800万3柱?の祭神の名が刻まれています。櫛御氣奴命とは素戔嗚尊(スサノオ)の別名ですね。立虫神社の方は石柱に『特別神社』との冠が着いています。御祭神は五十猛命・大屋津姫命・抓津姫命で配祀神に大穴牟遅神(オオナムチ:大国主神の元の名)と伊弉冉大神(イザナミ)です。主祭神の三柱はスサノオの子ですから、確かに特別感が凄いですし、いろいろ気になります。
鳥居をくぐって正面に見えるのが立虫神社で、拝殿前から右を見ると万九千社があります。90度横向きは出雲大社本殿内の神々の配置と共通してるけど偶然?出雲スタイル?
さて、10月に稲佐の浜に着いた神々は出雲大社や佐太神社などで神議(かみはかり)を行い、旧暦10月26日の夕暮れに帰りのときを告げる『神等去出神事』が行われます。その夜直会(なおらい)と呼ぶ酒宴ののち、神々は帰路につくんだとか。神々のお立ちを『神等去出(からさで)』と言います。
万九千社は拝殿建物内に鳥居があり、その手前には極太の注連縄が掛けられています。右下を見ると恰幅の良い男神が女神を挟み酒を酌み交わす絵の描かれた巨大な絵馬が、もんちゃんの絵心が刺激されます。シンプルな線と色で雰囲気を出してるのが印象的です。技巧に頼らないこの表現は、お手本として役に立ちそうです。
参拝のあと、日本の神話おみくじを引きました。四人で引いて、①天之御中主神(アメノミナカヌシ)、⑩大気津比売(オオゲツヒメ)、⑬建御雷之男神(タケミカヅチ)、⑳神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ=神武天皇)という神話のAtoZを押さえたバランスの良い引きでした。全20種なのかな?なお、旅行運は「天候に恵まれる」が二つ、「歴史あるところが吉」が二つ。御利益をリアルタイムで感じてました!
6日目の宿泊地 島根県 出雲駅前
6日目の宿は出雲駅隣のツインリーブスホテル出雲だよ。
1Fの一福って店で出雲そばと天重を食べたよ、割子ソバの味変が楽しい!
本日は382km移動、ここまで2221km
万九千社から出雲駅までは4km弱で15分、すぐ着きました。前回給油してから383km、次の宿泊地は京都なのでさらに300㎞以上走ることになりますが、燃料系は残量3/4を示しています。ここはひとつGRACEな走りと燃費に期待して、京都までのどこかで給油することにします。そうすれば京都~沼津は400kmもないので、明日の給油で家までの燃料が確保できますからね。高速なら満タンで800kmくらい走れますから、頼りになります。
ホテルは駅の隣の立派な観光ホテル、ツインリーブス出雲です。駐車場は別途料金がかかりますが、300円なのは良心的。観光ホテルなのでロビーは広くゆったりしているのはもちろん、パンフレット系が充実しているのがビジネスホテルとの違いですね。もちろん出雲大社などのチラシ類を入手しておきます。
部屋に入るとエキストラベッド付きの3ベッドで、足元方向に通路とそれを挟んで壁の前に鏡と机、その横に丸いテーブルがあります。お菓子などを置くのに便利なヤツです。
出雲駅前は意外と混みます。居酒屋系は満席のところが多く、実は出雲泊は3度目なのですが過去の2回とも同じ店に入っているんです。意図的にというワケでもなく、落ち着いた居酒屋系の店を探した結果です。2度目のときは途中まで気付かず、二回の座敷に通されたときに『ここってもんちゃんが0歳の時に来た店じゃない?』ってことが発覚!店選びの感覚はそう変わるものではありませんね。まぁ今回は違う店を選んでみましょう、ウロウロ。
とはいえ二人の子連れですから居酒屋でのんびり時間をかけるよりは定食っぽい方が何かと満足ですから、いろいろ見て回った結果ホテルに戻ってしまい、1Fの一福という出雲ソバのお店に入ることにしました。すんなり入れるし長居の客がいないのが逆にイイですね。とは言えキンキンに冷えたビアグラスには『創業大正11年 奥出雲そば処 一福』と書かれています、出雲そば界ではかなりの老舗みたいですね。ちなみにこの界隈、門前町スタイルと奥出雲スタイルがあるようです。一福は奥出雲流の代表格なんだとか。
天重膳や琴弾割子に加え、『李白 やまたのおろち』という日本酒を見つけてしまったからには飲まないわけにはいかないでしょう。生魚ではなくとも蕎麦や天麩羅と合わせて飲む日本酒も良いものです、旨い!食事の量も結構あったので大満足です。ちなみに出雲そばのお店は夕方で終わりのところが多いらしいので、この店は貴重な存在ですね。
店を出た後は駅の中に入りお土産探しをしました。流石お土産屋の層が厚いですね、楽しいです。もんポコも『しまねっこ』のキーホルダー選びにニコニコしながら悩んでいました。シジミ出汁や出汁醤油系をメインにお土産を買い、コンビニでこの後のつまみや飲み物を買ってホテルに戻ります。本日も盛りだくさんでした、おやすみなさい!
7日目 2221km ~ 2232km 稲佐の浜・出雲大社 ~ 2266km 須佐神社 ~ 2625km 京都泊
ホテルを出て稲佐の浜へ寄ってから出雲大社に向かいます。R432~R9~r39を通り須佐神社へ。r39~R54を抜け三刀屋木次ICからE54松江道に乗り北上し、宍道JctでE9山陰道に乗り換え東へ、米子JctでE73米子道に乗り落合JctでE2A中国道へ。神戸JctでE1A新東名に乗り高槻JctでE1名神に乗ったら京都南ICで降り京都に宿泊、という流れになっています。
稲佐の浜・出雲大社 島根県 出雲市
出雲大社に着いたよ、『いずもおおやしろ』って読むんだよ。
神在月に出雲へ集合した神様が上陸する稲佐の浜は、建御雷が剣の先に胡坐をかいた国譲りの舞台!
参道が下っていたり神様が横向きだったり、謎多き出雲大社は日本の最重要神社だよ!
駅前のホテルから車で20分くらい、10kmほど走ると稲佐の浜に到着します。わりとすぐ市街地を抜け、広々とした出雲平野の西端を目指して走るのはとても気持ちが良いですね。稲佐の浜の駐車場に車を停めたら、浜まではすぐ。弁天島が見えてきました、また来たよ!2年前は砂を取って来はしたものの、素鵞社に入れず悔しい思いをしました。今回は朝イチですから、フレッシュな砂を交換できそうです。
西側の参拝者用駐車場に車を停め、出雲大社に脇から入ります。そしていったん参道を戻り、土師氏の祖神であり相撲の神様である野見宿禰神社の横を通り、参道の一番盛り上がった位置にある勢溜の大鳥居まで来ました。南に延びる神門通りのかなり先に、白い巨大な鳥居が見えます、宇迦橋の大鳥居という第一の鳥居。宇迦とは宇迦之御魂神のことでしょうか?素戔嗚の娘ですね。出雲大社は知れば知るほど大国主神よりも素戔嗚尊の方に興味が向いてきます。出雲大社の南端は娘の宇迦之御魂神が押さえ、北端は素鵞社の素戔嗚尊が押さえる。まぁ中央には大国主神ですが、これも素戔嗚の子孫に当たりますからね。
参道を下る前に、ちょっと横にそれると杜氏に扮した因幡の白うさぎがいました。日本酒発祥の地・出雲!米がもたらした最高のぜいたく品ですから、稲作が根付いて良かったと心底思います。境内の中にはいろんなところにウサギの石像があるので探してみるもの楽しいです、子供にそんなミッションを与えると良いかも。いろんなポーズのウサギはもちろん、それをマネするモンちゃんもとってもカワイイです。参道を下り、諸手を挙げた大国主神の像を右手に進むと、新垣で区切られた神域が銅鳥居の向こうに見えてきました。
一礼して銅鳥居を抜けると、極太の注連縄が掛けられた拝殿が見えました。まずは参拝、ここでは4拍手です。拝殿の向こうには瑞垣で更に区切られたエリアの入口として八足門があり、ここでも参拝をします。この右側に改めて手水のできる場所が確保されているのは何か意味があるのかな?涼しげでいいですけど。この瑞垣沿いに反時計回りで、東の十九社の方に進みます。そこは神在祭に来た八百万の神のお宿なんだとか。
瑞垣沿いに反時計回りで進むと次は末社の釜社があり、宇迦之御魂神を祀っています。上でも触れたスサノオの娘で食べ物の神様、お稲荷様。屋根の形はそれでいいのかなと思いましたが、すべて外削ぎ千木に3本鰹木で統一しているみたいですね。東の玉垣沿いに祀られるのは宇迦之御魂神だけで、瑞垣北東の角には文庫があります。そして北の瑞垣側には本殿の真裏に摂社の素鵞社があるだけです。また、瑞垣は北側の方が高く、そして素鵞社は10段ほどの階段が掛けられた高い位置に建てられています。さすが素戔嗚尊、格の違いを見せつけています。
素鵞社でお参りをしたらぐるりと回り、稲佐の浜の砂をここで奉納します。収めた分の砂をありがたく頂いたら、この社の裏手の岩から御力を分けてもらいます。ここは何と言うか、命の雫が染み出るような大地の力強さを感じました。
もう一度深々とお辞儀をして、素鵞社を後にします。二年越しで叶いました、この三度目の出雲大社参詣で。簡単じゃないですね、このキッカケをくれたもんポコには感謝しきれません。この国の歴史にも感謝です。日本って、やっぱスゲェや。
瑞垣北西の角には彰古館があり、南に下ると宝庫、南北氏社、西十九社があります。氏社は天穂日命と宮向宿禰を祀る摂社で、天津神なのに大国主神側に付いた神様。誓約の五男神の第二神で、その末裔が出雲大社宮司の出雲国造です。また、瑞垣を見ると賽銭箱が置かれ、ここから大国主神をお参りできます。裏参りに近いですが明らかに違うのは、ここからなら大国主神と向き合える位置になります。本殿の向きと90度ずれてますが、本殿内には客殿に天御中主大神、高皇産霊神、神産巣日神(以上三柱は造化三神)、宇麻志阿斯訶比古遅神、天之常立神の五柱の別天神を、また別に御子神の和加布都奴志命も祀られています。いやいや、気になりますねぇ、いろんな仮説が浮かんできます。
本殿は玉垣で囲まれており、東西神饌所もあります。玉垣と瑞垣の間には以下の社があるようです。
【天前社】蚶貝比売命・蛤貝比売命:八十神にやられ火傷を負った大国主神を助けた女神、看護の神
【御向社】須勢理毘売命:根の堅洲国で大穴牟遅神を助けた女神で素戔嗚の娘。このあと名を変えた大国主神を妻として支える
【筑紫社】多紀理比売命:大国主神の妻で素戔嗚の誓約で御生した宗像三女神の長女。禁足地沖ノ島に祀られる女神
【門神社(東)】:祭神は宇治神、解説看板無し。出雲大社HPによるとご門衛の役とのこと
【門神社(西)】:祭神は久多美神、解説看板無し。出雲大社HPによるとご門衛の役とのこと
今回3度目の出雲大社でしたが、2回目の参詣はママの病気が良くなる兆しの見えた瞬間でした。二年越しにそのことの感謝と我々の成長をご報告できたのかなと思いました。私もこの当時は祭神を見ても解説を読んでも知らないことも多々ありましたが、これを書いている2026年6月時点、この参詣から3年弱でだいぶいろいろと分かるようになりました。改めて「この名前ってまさか?」など、また新たに謎が浮かび上がってきたり、知れば知るほど面白みが出てくるし見え方も変わってきますね。日本の神々、すごいパワーです!
須佐神社 島根県 出雲市
須佐神社に来たよ。ここは狭いが住みよい所と、自分の名をつけた須佐之男尊の終着地
樹齢千三百年の大杉は純粋な太い一本杉、まっすぐ伸びる姿は気持ちいいほどストレート
塩井を始め須佐の七不思議もあるこの神社、須佐之男尊の名の通りパワーが溢れてるよ!
出雲大社から南下しR9に出たら県道39号を南下します。道路工事中だったのでナビと現実の道が一致せず、無駄に彷徨ってしまいました。E9山陰道の出雲湖陵IC辺りです、当時はまだなかったと思います。ちょっぴり時間をロスしつつも県道39号を走り続け須佐神社に到着しました。参拝者駐車場に車を停めたら歩いてすぐありました、須佐神社の鳥居。その反対には境内末社の天照社があります。一礼して鳥居をくぐり、境内の中に入ると右手に由緒書きの看板がありました。ここは狭いが住み良い所、同感です。
大社造りの本殿に祀られる祭神は言わずもがなの須佐之男命、配祀神に稲田比売命、脚摩槌命、手摩槌命。これらの漢字表記は由緒書き看板のものです。稲田比売はスサノオの妻の櫛名田比売(クシナダヒメ)ですね。脚摩槌命、手摩槌命はその両親であるテナズチとアシナズチ。八岐大蛇神話のメインキャストです。なお、テナズチアシナズチは大山津見神の子に当たります。大山津見神もよく出てきますね、素戔嗚の別の妻で宇迦之御魂神の母である神大市比売は大山津見神の娘ですから、櫛名田比売の叔母も自分の夫の妻という複雑な関係、混乱します。
参道を進み拝殿に着くと、出雲大社ほどではないにせよ極太の注連縄が掛けられていました。ここでは二礼二拍手一礼という標準的な作法で参拝します。そのあとおみくじを引きました。ここで引きたかったので出雲大社では我慢しましたが、その甲斐あってか憧れを汲んでくれたか、大吉を引き当てました!旅行運は『遠方に行き利益有』、願望運は『改めかえてすれば望事叶い喜び多し』ってことで、今回3000kmの旅行だから利益有で、やり方を見直せば望みが叶うってことでしょう、良い兆しだ!
もんポコは子どもみくじを引き、もんちゃん大吉、ポコちゃん中吉でした。そんな幸運を引っ提げて、拝殿の横から奥の方へ行くと重厚感のある本殿が見えます、拝殿の屋根の辺りまで床が上げられたこの本殿の屋根は出雲大社と同様の外削ぎ千木に三本鰹木を設えていました。そしてその奥には樹齢1300年の大杉が天に向かって聳え立っていました。高樹齢の古木は全国にいろいろありますが、大体は夫婦杉や数m上で無数の細い幹に分かれていたりするものが少なくない中でこの大杉は幹周り約6mの杉の幹が約21mの高さまで一本真っ直ぐに伸びる姿は力強くも美しい!素晴らしいです。
拝殿の方に戻り、須佐の七不思議のひとつ『塩井』を見ました。稲佐の浜に続いており、日本海が満潮のときには付近に潮の花をふくという小池で、これを内用浴用すれば万病に効くと書いてあります。今欲しい!その他、相生の松、神馬、落ち葉の槇、影無桜、星滑、雨壺の六つを合わせて七不思議なんだとか。現在ここで見られるのは塩井だけみたいですが、内外に解説看板はあるので探してみるもの良いかも。ちなみに天壺はかき回すと暴風雨が起こり洪水が出るらしいので、いずれにせよ試してはダメですね。
このあと末社の天照社を参拝し、車で反対側に移動して味処すさのおで昼食を食べました。スサノオラーメンというパワーワード、いただきました。まぁ分かりやすいスサノオ感があるわけではないですが、こういうのは縁起物だしロマンをいただく感じですかね。会計を済ますと子どもの客が珍しいのか、お店の子がもんポコにお菓子をくれました。お礼を言ったら「また来たらやるよ」って笑顔で送ってくれました。さて、また行く理由ができてしまいました。いつになるか分かりませんが、お菓子を貰いに、またお御籤が当たってたことを報告に。それまでまだまだ頑張らないと!
また、直接意識して見たわけではありませんが、天照社以外にも末社があり、三穂社で三穂津比売命 (みほつひめ:高皇産霊神の娘で大国主神の后)と事代主命を祀り、東末社と西末社には誓約で御生した五男神と宗像三女神を祀り、稲荷社で稲倉魂命 (うかのみたま:スサノオの娘) を祀り、隋神門で豊磐間戸神、櫛磐間戸神(とよいわまど/くしいわまど:門の神)を祀っています。まぁ特に気になるところは無いですかね、大国主神の妻多過ぎ問題以外は。
7日目の宿泊地 京都府 堀川五条
7日目の宿はコンフォートホテル京都堀川五条だよ、インバウンドの異国感が濃い!
夕飯はちょっと歩いた昭和レトロな居酒屋が大当たり、美味しい!
本日は404km移動、ここまで2625km
須佐神社を出たら県道39号を西へ走らせ、R54を道なりに北上して三刀屋木次ICでE54松江道に乗ります。南下してサッサと中国道や山陽道に出てしまう手もありますが、やはりE9山陰道のリアルタイムな成長を見たいので北上します。完成したらもう二度と完成前の姿は見れませんから、島根と鳥取を通りたいんです。宍道JctでE9山陰道に乗り換え鳥取方面に進みます。宍道湖SAを過ぎ松江玉造ICで一旦お会計で、無料区間を経て東出雲から米子西までが有料区間、米子Jctまで無料区間でそこからE73米子道に乗ります。この辺面倒だし山陰の活性化のためにも、山陰道は全線無料か一律500円もしくは上限1000円とかにしてみませんか?
でも是非とも『片側一車線割』は付けてほしいです、片側一車線の距離だけ半額で計算する。道路自体が暫定二車線なんだから、料金も暫定二分の一が公平ですよね。さて米子道の途中、蒜山高原SAに寄り休憩とお土産選びをします。「ひるぜんこうげん」と読みます、山の緑、空の青、どうだ!と言わんばかりの高原の景色が美しく、なんかほっこりします。しっとり系のフリカケとかを買いました、あご昆布にシジミ。もう食べなくても旨いって分かるヤツ。
落合JctでE2A中国道に乗り換えたら暫く東に向かって走り、神戸JctでE1A新名神に乗り換え宝塚北SAに寄り給油をします。前回の給油から730kmで京都の宿まで60km弱です。燃料計は6目盛、つまり30%の残量を示していますが、京都付近の渋滞を考えたらここで入れておくのは必須です。32L入りました。トリップメーターが56kmを示す頃に堀川のコインパーキングに車を停めました。高槻JctでモタつきながらE1名神に合流するとまぁいつも通りの京都エリアの混雑を抜けての到着です。24時間1500円はまぁ仕方ないですが、ホテルは歩いてすぐです。
一歩足を踏み入れるまでもなくインバウンド需要が見て分かるホテルです、でっかいキャリーケースを引くコーカシアン(欧米系白人)の観光客の多いこと。ロビーに入ると端末でチェックインは当たり前、ウチらもアジア人だけど外国人じゃないぞ、ジャパニーズいずアベイラブルです。もちろん皆生粋の日本人ですが、世界最高難度の言語は5歳と7歳にはまだ習得途上なの!せっかく子供が来てるんだから、触れ合いましょうよ。旅会話って、貴重なんだぞ。
コンフォートホテルはウェルカムドリンクだけでなく本も充実しています。ただロビーは外国人観光客で混み合っていたので、速やかに部屋に向かいました。部屋は十分な広さがあり開放的です、ベッドの足元方向が広々しています。机も壁に向かっての横幅はあるが奥行きの狭いタイプではなく、椅子が二脚左右にある対面で使えるテーブルなのが嬉しい。椅子が通路を邪魔しないのは優秀なクツロギビリティです(なんだその言葉)。ちなみに『ホテラビリティ』なんてヘンテコ造語もあるそうですが、流石に特定しなさすぎでしょ。さて、クツロギビリティ(チョイお気に入り)の期待できる大衆居酒屋を見つけて電話予約をしたので、出発します!
1kmほど歩いて到着したのは大衆居酒屋 呑福。残念ながら2026年6月時点では閉業しているようですが、当たりでした。炙り刺しの京赤地鶏や黒毛和牛、熊本の馬刺しに牛タン塩。揚げたてのハムカツが思いの外ジューシーでもんポコ的に衝撃だったみたいです。その他の揚げ物も旨い。地酒飲み比べでは船形山、玉乃光、古都の3種を楽しめました。この旅最後の夕飯も最高の〆になりましたね。
コンフォートホテルなので朝食付きなのはありがたい。バイキング形式ってだけで嬉しいんですよね、イロイロ選べて。朝からデザート系を遠慮なく食べれるとはいえ、まぁほどほどにね。親は食べ残し分のキャパを確保してのんびりコーヒーでも飲んでくつろぎます。
次の目的地は京都水族館なのでここからすぐですが車は動かします。8時過ぎにチェックアウトしました。
8日目 2625km ~ 2626km 京都水族館 ~ 2988km 沼津 帰宅
本日はこの旅行の最終日です。ホテルを出て京都水族館へ、ここはすぐです。京都東ICからE1名神に乗り、草津JctでE1A新名神に乗り換えます。四日市JctでE23東名阪に乗り名古屋西ICで高速を降り、あんかけスパの店でランチ。黄金ICから名古屋高速に乗り高針Jctで名二環を北上し名古屋ICからE1東名に乗ります。豊田JctでE1A新東名に乗り換えそのまま走り駿河湾沼津で夕飯を食べたらここで高速を降り自宅に帰る、という流れになっています。
京都水族館 京都府 梅小路公園内
京都水族館に着いたよ、梅小路公園内にある都市型水族館!
開館と同時に入館して出迎えのオオサンショウウオと背比べをしたんだ、大きいな!
ペンギンスロープや圧巻のクラゲラボ、独立設置型の水槽など見やすいのが嬉しい!
京都駅の西、梅小路公園近くのコインパーキングに車を停めたら公園に入ります。ヤバい毛虫に注意の貼り紙にビビりつつも進むと京都水族館の入り口が見えてきました。入館料は一般大人が2400円、小中学生は1200円、幼児800円で障碍者手帳があると本人と同伴者は半額になります。合計4400円を支払って開館の9時に入館しました。入ると早速我々を出迎えてくれたのはオオサンショウウオです、で、デカい!水槽が窮屈そうだけど大丈夫?
館内にいるいちばん大きなオオサンショウウオは158cm、せいくらべしてみるとポコちゃんよりも50cmも大きいのはスゴイボリューム感です。オオサンショウウオのいる『京の川』エリアの次は屋外に出てオットセイやアザラシの海獣類を見ます。また建物内に入ると、『京の海』という大水槽がありました。水槽の底が足元と同じ高さで、水面ははるか上空です。定番の大水槽ですがやはりこれが良い、行くたびに名前を言える魚が増えていることを確認できますから。味も覚えつつあるのでよりリアル、あれ美味しいヤツ!
また一旦建物から出て、ペンギンスロープという螺旋状にぐるりと回る通路を進みますがここの仕掛けもオモシロイ。壁面の絵にはいろんな種類のペンギンが背の順に並んでいるので、あれ?僕の方が小さいの?コウテイペンギンデカい!なんて発見が楽しい。絵の上がペンギンの水槽で、今度は本物をたくさん見ることができます。もんポコたちはやはり小さいペンギンが可愛くて好きみたいですね。さらに進むと先ほどの京の海の大水槽を上から見ることができます。
次に足を踏み入れたエリアは京都水族館のワガママエリア、クラゲワンダーです。奇しくも解説文には『古事記の時代から私たちの身近にありながら、その半透明な体に、いまだ解明されないあらゆる謎を抱えている…』だと?古事記を辿る旅をしてきた我々をピンポイントで巻き込むあたり流石のワガママっぷり、最高だな京都水族館!身近なんだけど解明されてないなんて、まったく古代史や神話と同じじゃん。深入りするとケガをするし、没頭できる研究対象。この旅で神話の現地を見てきたところで、『それで分かったつもり?ウフフ』って数多の半透明に包まれましたよ。
ミズクラゲは基本的に4つのクローバーっぽい模様が基本ですが、中には5つや6つ、極稀に7つ、逆に3つの個体も見られます。いち早く探し出すのが我が家の密かなレースになってまして、でも360度全周囲をクラゲ水槽で囲うってもう、脱帽です。研究部のラボに手描きのブラックボード、クラゲ診断など貫きっぷりがスゴイ。
さてそこを抜けると交流プラザという落ち着いた空間に行きつきました。
チンアナゴ・ニシキアナゴの単独水槽を始め、やや小さめの水槽が島状に配置されているので非常に見やすいです。岩陰に隠れたなら向こうから見えますからね、全方位から見られる水槽は素晴らしい。ウツボにカサゴ、オコゼから熱帯魚といった見栄えのいいというか見た目が楽しい魚が沢山展示されています。ニシキテグリという魚の模様が古代遺跡っぽくてオモシロイ。勝手な解釈で神格化されるのも少なくないですから、これもリアルな歴史の追体験、とは言いすぎですかね。
イルカスタジアムもありますが今回はスルーして、ミュージアムショップに行きます。割とどこでも買えるものが多いですが、思い出が載ったお土産はそこでその時しか買えないのであまり野暮なことは言いません。まぁできれば長持ちするものを選んでほしいですが。今回もんポコが選んだのはペンギンとウーパールーパーのぬいぐるみ。買ってもらったぬいぐるみをもって後部座席に乗る、それを使って兄弟で遊ぶまでがパッケージですから、ネットでポチるのとは根本的に違います。旅行の道中に添える花なんですよ、お土産って。そしてそれを思い出すためのキーアイテムです、無駄っぽいけど重要なんです。
規模的には新江ノ島水族館クラスかやや小さいくらいでしょうか?2時間あれば十分見て回れると思います。タッチプールは無かったかな?フェイクでいいのでオオサンショウウオに触れる体験があったらかなりのフックになると思いますが。でもここ京都でよく頑張っていると思います。デート向けの派手さはなく子連れや水生生物好き向けの真面目系水族館でした、行けて良かったです!
帰宅 静岡県 沼津市
本日は363km移動、ここまで2987km!あと12kmで3000kmの旅でした。
途中、ママが大好きな名古屋のあんかけスパの店でランチを食べたよ、我が家の旅の味。
もんポコ二人とも賞状と記念品を携えての凱旋、お疲れ様です!
京都水族館を出たら京都東ICからE1名神に乗り、すぐの大津SAに寄ります。天気が良く琵琶湖が綺麗です。ここでも少しお土産を買いました。
草津JctでE1A新名神に乗り、四日市JctでE23東名阪で名古屋西まで行きあとは市内を抜けて名駅西店のシェフへ。車は近くの駐車場に停めました。結局シーフードBじゃらんスペシャルになりがちですが、あえて違うものを選びたい。もんポコは子どもメニューです、ポテトは強い!
黄金ICで名古屋高速に乗り高針Jctで名二環を北上し名古屋ICからE1東名に乗ります。豊田JctでE1A新東名に乗ったら岡崎SAに寄り、graniphでTシャツを買います、これも恒例行事。二年前もここで天草の帰りに寄ってますが、店員さんがそのことを覚えてくれて『また表彰されたの?え?今度は二人とも??』って驚いてました。旅会話、最高です。イロイロ仕込んでおけばもっと楽しめる!スライムにメンダコ、ハシビロコウなど、ここで買ったTシャツは着れる思い出です、それに単純にデザインが良いし。
愛知を抜け静岡県へ戻ってきました。見慣れた道を東に走ると、この度もそろそろゴールです。その前に駿河湾沼津SAに寄って鐘を鳴らします、戻って来たよって。ここも良い景色ですが、今回行ったところはどこもホント良かった。午後6時前なので二階の家族庵で夕食を食べました、とんかつ、かつ丼、お子様ランチ。非日常から日常に戻るような注文ですが、安定の美味しさです。
SAから高速を降りたら自宅に向かいます、到着した頃には暗くなっていました。前回の給油から419km、燃料系は13目盛りで残量65%。総走行距離は2988kmでほぼ3000kmの旅でした。平均燃費は24.2km/Lは優秀です。トラブルもなく元気に走ってくれた愛車は乗り心地も燃費もGRACEでした。広さも十分なトランクですが、今回はお土産でいっぱいにして帰ってきました。
おみやげ その1 全国 各地
人にあげるお土産は調味料系が手堅い。
子どもがいるならフリカケはテッパン。
自分たちにはTシャツが実用的で長持ち、着られる思い出!
おみやげ その2 全国 各地
天岩戸神社で買った古事記すごろく、大当たり!
楽しくて勉強にもなるし難しくも長くもないのがイイ。
行くたび増えるぬいぐるみ、それだけ思い出もたくさん!
事情を知ると、意味が分かるとより楽しめる、そんな3000kmでした!
旅の総括
静岡県の沼津からスタートし、行きに通過した県は愛知→三重→奈良→大阪→兵庫→岡山→広島→山口→福岡→佐賀→熊本の11府県、
兵庫・福岡・熊本の3県に泊まりました。
帰りは熊本→宮崎→大分→福岡→山口→広島→島根→鳥取→岡山→兵庫→大阪→京都→滋賀→愛知→静岡の15府県で、
行きに通ってないのは宮崎・大分・島根・鳥取の4県です。泊ったのは熊本・福岡・島根・京都の4県ですね。
つまり、全行程で15の府県を通り、6の府県に泊まりました。3ヶ所の水族館、1ヶ所の科学館、9ヶ所の神社、3ヶ所の史跡、自然や景観が3ヶ所、温泉は3ヶ所。上出来じゃないでしょうか。
世界遺産:厳島神社、崎津集落(キリシタン)、原爆ドーム
式典:天草文化交流館(表彰式)、ギャラリー四季(作品展示)
水族館:ミヤジマリン、マリンワールド、京都水族館
科学館:5days子供文化科学館
神社:石上神宮、大神神社、厳島神社、高千穂神社、天岩戸神社西本宮、宇佐神宮、万九千社、出雲大社、須佐神社
史跡:箸墓古墳、吉野ケ里遺跡、崎津集落(キリシタン)、原爆ドーム
自然:高千穂峡、天安河原、稲佐の浜
今回の旅は二度目の九州旅行ということで、2年前には呼子のイカや長崎ちゃんぽんに聖地巡礼繊月酒造と別府地獄めぐりといった癒しと美食巡りの旅でしたが、死ぬまでには絶対い行きたかった天岩戸と吉野ケ里遺跡を軸に計画を立てました。神話の時代の日本の起源から弥生~古墳時代の歴史に天草キリシタンや広島の悲劇といった比較的最近の歴史まで、日本列島を巡りながら日本の歴史も駆け抜けた濃密な旅でした。5歳と7歳のもんポコに興味を持たすためにもいろいろ頑張りました、ひみつの卑弥呼ちゃんとか、アメノウズメのエピソードとか。楽しさとナゾ解きを予め仕込んでおかないと、神社や遺跡はロマンのフィルターがないと美味しいところが見えませんからね。
もう一つ書かせてください。天岩戸を見て原爆ドームを見る。日本の始まりと一つの終わり、それぞれの証拠を目の当たりにする。これは奇しくもこの後行った出雲大社とシンクロします。八岐大蛇伝説から始まる出雲の国、国譲りは高天原の侵略とも取れます。へつらうことなく毅然とその存在を主張する大国主神は、GHQの占領に対して国民優先で毅然と対応した昭和天皇のそれと重なります。日本人の矜持が、血脈が、魂が2000年以上続いていることを思い知らされます。凄い国に住んでたんだ。この地を家族を乗せ愛車で走れる幸せは、この国を知れば知るほど、走れば走るほど深まります。
理解してから見るのが大人の楽しみ方かもしれませんが、基本は『理解するために』見ておくべきです。事象を先にインプットしておくからこそ、学んだ時に記憶と照らし合わせ『なるほど、そういうことか』という【納得の証拠】 になるのですから。【肌感を身に付けておく】 ことを重視して、楽しみながらいろいろ照らし合わせてみる、これが良いんじゃないかと思っています。世の中理解できないことばかりなら、理解の前に見とけばいいじゃんっていう簡単なことです。それを楽しめば、きっと思い出せないなんてことはないハズですから。
今回は気持ちが乗り過ぎたのか、目的地が重すぎたのか、記事がメチャクチャ長くなってしまいました。でも、絶対に行きたかった天岩戸や出雲大社に原爆ドーム、アッサリ書き流すなんてことは私には出来ませんでした。今回このページを書きながら、実は何度も涙を流してたんですよ。読んでいただけたなら、共感していただけたならホント嬉しいです。
今回もありがとうございました!
感想など聞けたら嬉しいです!
一般社団法人ピンタニーニャ・プログラミング学習協会
最後まで読んでいただきありがとうございます


















